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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(あ)3045号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人等の弁護人江橋活郎、同海野普吉、同江橋英五郎の上告趣意は末尾添付の別紙書面記載のとおりである。

同弁護人等の上告趣意第一点について

記録を調べても、所論の被告人鎮西喜久雄の供述が強制拷問または脅迫による自白であることは、これを認めるに足りない。されば所論違憲の主張はその前提を欠くものであって、上告適法の理由とならない。

同第二点について

所論のように、被告人今村周蔵、同池田文之助が、被告人鎮西喜久雄、同堀本孝智と共謀して、被告人小島弁雄外二名に対し、候補者中島厳のための投票及び投票取纏等の選挙運動の費用報酬を供与したという事実は、原判決の認定しないところである。されば所論高等裁判所の判例違反を主張する論旨は、原判決の認定に副わない事実を前提とするものであり、大審院の判例違反を主張する論旨は、具体的に判例を示さないので、いずれも上告適法の理由とならない。

同第三点について

所論は単なる訴訟法違反の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない(二個の訴因として起訴された事実について、裁判所がこれを審理の上包括一罪として処断した場合は、訴因全部に亘り審判を経たものであって、審判の請求を受けた事件について判決しない違法があるものということはできない)。

同第四点について

公職選挙法二五二条一項が所論の憲法の各条規に違反するものでないことは、当裁判所判例(昭和二九年(あ)四三九号、同三〇年二月九日大法廷判決、昭和二四年(れ)一九〇九号、同二五年四月二六日大法廷判決)の趣旨に徴し明らかであるから、所論違憲の主張は理由がない。なお所論量刑不当の主張は刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

また記録を調べても、本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、上告趣意第四点の公職選挙法二五二条一項の合憲性につき裁判官池田克の少数意見がある外、裁判官全員一致の意見によるものである。

右論点に関する裁判官池田克の少数意見は、左のとおりである。

公職選挙法二五二条の合憲性を判示した当裁判所大法廷の昭和三〇年二月九日の判決は、私が裁判官に就任する前、たまたま被告人の弁護人となっていた事件(昭和二九年(あ)四三九号)についてなされたものであって、裁判官としては関与することができなかったものである。もとより、それだからと云って、少数意見を表示するの理由とならないことは云うまでもないところであるが、私の考えでは、少くとも選挙権に関する限り、選挙犯罪に因る処刑者について公職選挙法第二五二条の定めるところは、一般犯罪に因る処刑者に対して差別するものであって、憲法第一四条第一項、第一五条第三項、第四四条但書の各条規に抵触するものと解され、看過することができないので、ここに、私の意見を要点的に表示することとする。

右の憲法各条規が強く保障している選挙権は、主権在国民の日本国憲法のもとにおいては、国民にとって最も重大な参政権の一つであり、最も大切な基本権の一つであるから、それらの保障の例外の場合を認めて国民の或るものを差別するとしても、その差別は、合理的な最少限のものにとどめなければならない。国政上、何人にも首肯される理由のあるやむを得ない差別でなければならない。これを犯罪処刑者について云えば、公職選挙法第一一条第一項が定めている一般犯罪処刑者の差別待遇は理由のあるやむを得ないものであって、国民一般との関係において同条項程度の差別を設けても、憲法違反をもって目すべきではないであろう。しかし、犯罪処刑者をいわゆる欠格者とすることは、せいぜい、その程度の差別に限局されるべきであって、その限度を超えた差別規定を定めることは、憲法に抵触するものと解される。公職選挙法第一一条第二項によれば、選挙犯罪処刑者に対する選挙権の停止については第二五二条の定めるところによるものとされ、同条第一項、第二項において厳しい特別の定めがなされているのである。かくのごときは、選挙犯罪処刑者なるの故をもって限度を超えてこれらの者の参政権をうばい、憲法の保障する国民の基本権を犯すものであって、理由のない差別といわなければならない。

私といえども、選挙の公正が厳粛に保持されなければならないとすることにおいては、多数意見と見解を同じくする。しかし、このことを重視するの余り、一般犯罪処刑者と選挙犯罪処刑者との間に差別を設け、後者のうち、禁錮以上の処刑者に対し更に長期にわたる選挙権の停止期間を定めるの外、刑の執行猶予者に対しても、また、罰金処刑者に対してまでも、それらのものの選挙権を停止する定めをすることは、選挙制度として行き過ぎである。多数意見によれば、一旦選挙の公正を阻害し選挙に関与せしめることが不適当と認められるものは、しばらく選挙権の行使から遠ざけて選挙の公正を確保すると共に、本人の反省を促すことが相当であるからそれらのものの選挙権停止の特別処遇を規定しても、これをもって不当に国民の参政権をうばうものと云うべきでないとするのであるけれども、第一にそれは、選挙権が、旧憲法のもとにおけるのと現行憲法のものとにおけるのとでは、本質的に異なっているものであることを過少評価するものであり、第二にそれは、旧憲法の末期に加えられた旧衆議院議員選挙法第一三七条の規定が、現行憲法の施行後においても、なお、そのままに公職選挙法第二五二条として踏襲されていることに深き思いをいたすことなく、ただ、選挙の公正保持の必要性を過重評価し、越えてはならない限界を逸脱している同条項を強いて合理化しようとするものである。

おもうに、日本国民は主権者であって、その本領は参政権によって実現されるものであり、選挙権こそは、その中心をなすものと云わなければならない。それであるのに、選挙犯罪処刑者だからと云うので、処刑者たることにおいて同様の地位にある一般犯罪処刑者と差別した処遇をなすことは、主権者としての国民の能動的地位を不当に長期間うばい、または、うばうべきでない者から不当にうばうものであって、民主主義憲法の大趣旨にそわないものと云わなければならない。私の憂うるところは、選挙制度上、選挙権が余りに軽く扱われているのではないかと云うことである。選挙権を尊重しないで、どうして選挙の公正保持の目的を達成することができよう。若しそれ、選挙の公正保持の要請を充足しようとするのであるならば、捜査の一層の合理化を図ることとあいまち、取締の周匝化に努めることによって所期の効果をあげる面が相当に残されていることに思いをいたすべきであり、仮りに若し、選挙の公正を阻害し選挙に関与せしめることが不適当とみとめるものとしても、その者が一定の期間選挙運動をすることができないような立法措置をなすをもって足りるのである。

かように見て来ると、選挙犯罪処刑者の選挙権の停止を定めた公職選挙法の特別規定は、憲法の条規に抵触するものであり、無効であると云わなければならない。原判決が本件に適用した同法第二五二条の規定は、選挙権に関する限り憲法に違反するものであり、原判決は破棄されなければならない。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

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